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一番大事なことに集中できれば幸せ

大事なのに忘れてしまう

あの大きな地震から3週間。

次から次にいろんな問題が起こるのでその暮らしの中で忘れてしまうことも多い。まあ、いろんなことが不便。

○ようやく今日からスクール行ったけれど預け場所が無い。

○たくさんの子供の遊び場が閉鎖されている

○いつも買い物している場所が全て空いてるわけでは無いので物が手に入らない

○いつも家計は底値で買って回してるが、底値で買えないので出費が大きい等。

そちらに目を向け解決するのも大事だけれど、あの究極の時に感じたコト。

これから生きて行く上の選択に必ず思い出す為に。

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備えなんて何にもなかった

この後に及んでまさかもないけれど、本当にまさか・・・である。

母たちの世代に起こったとも聞かないし、熊本は地震が少ないエリアだからなと改めて思ったのは建築士の試験で知った、設計地震力の計算に使われる「地域係数」という値。「相対的に地震が発生しにくいと思われる地域」を 0.9・0.8、0.7として区分して設計地震力を低減して良いとされているのだ。

そういううろ覚えながらもそんなことをかりにも学んでおり、熊本は地震が少ないから起こらない。そう信じ込んでいた。

その日子供は遊び疲れ、早めに寝入っていた。私もその横でうとうとしていた矢先に感じた大きな振動。

携帯はけたたましく地震です地震ですと繰り返し告げている。

9時過ぎに起こったその揺れは余りにも突然。

その瞬間、横にそれは本当にスーパーマンのように主人が飛んで子供に覆いかぶさった。そこで、子供は目が覚めたようだ。

けたたましく起こるガラスやお皿の散る音。

その揺れで食器棚の3分の1くらいのお皿が割れた。

部屋中にガラスが飛び散る中、とりあえず、避難しなければならない。

慌てて靴を取りに行く主人。

美しかったお気に入りではあっても、もうこうなったら凶器でしかない。

一枚割られただけの時は腹が立ってしようがないのに、一気に行くと何にも感じないんだな〜等と、思いながらその上をガシガシと靴で渡り歩いて寝室へ。

寝室には何も倒れてくるものがない事と玄関へ近いことでそこにしばらく居て欲しいと。

子供と二人寝室へ。抱きしめていると、ああ無事で良かった。そしてこの子を何としても守らなければ。とそれだけを思った。

部屋を眺めると、長年の重みに耐えたせいで変形した本棚が、棚板毎倒れていた。

変形したまま衝撃が加わった事でもう元には戻らない様で、変なよじれが出来ていた。上の方はもう使えないな、けど、買い直す余裕ないししばらくこのままだな。と現実的な事を思いながら。

布団の上にも子供のおもちゃやいろんなものが、倒れた衝撃で割れたり、それがその揺れの酷さを物語っていた。

それでも、停電になったわけでも無い。すぐにテレビをつけた。

そしてこれが熊本を襲った1回目の地震である事を知った。

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二度目のまさか

2度にわたりこんな思いをするともうまさかなんて何にも無い事を思い知る。

なんだって起こり得るし、今ここにいる事がむしろ奇跡だとすら思う。

でも、まだ一度目はそんなに事を重大視していなかった。

 

友達に安否を確認し、もう地震は収まったものこんなもんだとタカを括っていた。

そして、夜半過ぎにあの本震と呼ばれる地震。

昨日と同じようにアラームがけたたましく鳴り、今度は停電なのか明かりが着かない。

暗闇の中でかろうじて見えるのは加湿器や、テレビ、本棚など全て倒れている様子の影。

ふと子供に目をやると居ない。狂ったように叫んだ。

「すみ〜すみは!!!どこにいるの」と。

めがクラクラする。再度、声をかぎりにして叫んだ。「すみは!返事して」

主人の部屋から「She is ok is here」その声で落ち着き、次は携帯。

枕元に置いたはずが、見つからない。胸がドキドキする。早く逃げなければ。

今度の地震ははるかに大きく、情報を取るためにも明かりとしてもそれは命綱。それだけは持ち出したいところだ。

母も心配して電話をしてくるだろう。焦って探すも昨夜の地震で壊れた上段に収める予定の本を積み重ねただけの状態で放置。中途半場で片付けした状態。

それらが総崩れになってその下にあることは想像がついた。焦るとますます見つからない。

そうしている間に主人が飛んで来た。子供には寝室から出ないよう言い聞かせ腰ほどの高さにも重なる割れたガラスや陶器の上を通り逃げ道を作りながら。

部屋を出た方が良い。次収まったらカバンに2、3日の着替えだけ詰めて外へ!とにかく、避難経路を確保したいからドアを開けといてほしいと。

そうして主人は私の携帯救出。寝室へ行くとすみはを抱きしめた。

なんでこんなとこに居るの!?心配した〜良かった〜。

そんな風に言って抱きしめた。

リュックに着替えを詰めると子供を連れ慌てて外へ飛びだす。

昨日と同じく同じマンションの人達が外にいる。まだ、時々揺れを感じながらその夜は車で過ごすことにした。

車の中には何もないのに全てが在った。二人が元気でいればどうにかなる。

確かに揺れるから怖かった。だから早く朝になることは願ったけれど。

 

本当に手放すということ

朝には普通に仕事へ行かなければならない主人。

私と子供にも一緒にオフィスへ居て欲しいという。あれ程の地震があったのだ。離れている事ほど心配なことは無い。

一緒に会社へ出かけ、その被害の酷さを朝日の中に見る。

タイル製の会社のビルの屋上部分に取り付けられたサインは隣の焼肉屋さんの敷地へへし折れた儘突き刺さっている。

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近隣の古い家屋は潰れ、瓦が落ち、壁が剥がれ、構造部分がむき出しになり。ヒビ割れ、陥没し、落ちて見る影もない建物があちらこちらに。

水が出ない状態では仕事にもならず、割れたガラスや地震の後の片付けが主な仕事だという。

子供を連れてオフィス側の公園へ。よく寝れてない上にあれだけの衝撃を目にしている。きっと子供も疲れてるだろう。

子供と広場に居ると平和で昨夜の事はなかったかのよう。時折、強い揺れが起こってそれが嘘ではなかったことを物語る。

ようやくいろんな事に考えを巡らす。

究極の時に私が必要なもの。

それは主人と子供の家族の安泰それだけだった。

二人が無事でいてくれれば。この命さえ守れれば、どうにか暮らして行ける。

だからこそ、当座のもの。お財布と何日かの食べ物、そして着替えだけを持ち、逃げる事が出来たのだ。

言うなれば、この当座のもの以外は断捨離できるという事。

私は断捨離中断捨離中そう言って、やったつもりになっていたなあと思った。

まだまだ削げる!そう感じた二度の地震だったのです。

そして今後の決断

いろんなものに執着しているなそう感じているのは今。

まだ、揺れが続いており、その中を暮らしている。

地震のあと、すぐに気づいた外壁のヒビや、剥離。

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玄関は主人が強く押し込まなければ閉まらない。

その他にも落ち着いて見ることもなかった天井板越しに拾って見える天井のひび割れ。界壁と呼ばれる構造に影響する壁にも見られる。

同じマンションでも私たち以上に酷い部屋もあるだろう。それらの補修はどのくらいされるのだろう。考えても答えが出ない事に不安が増す。

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とりあえず、子供を遊ばせ、ご飯を食べる。身支度をして休む。

それだけを整えるのが幸せだったのはあの震災から1週間程度。

3週間も経つと、これからのコトを考え、決断して、行動する必要も出てきます。

根本の問題に気付きながらその答えを求めようとしていなかったことにも気づいています。

物事を複雑にしすぎてるな〜

さあ、何を断捨離できていないのか。

何を削げばさらにフォーカスできるのだろう。

もうその結論は出てます。どんな展開になるやら〜。

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この記事を書いた人

ミッシェル 康代

親子のコミニュケーションを高める住まい作りの専門家/インテリアコーディネーター/2級建築士のミッシェル康代です。 建築も分かるインテリアコーディネーターとしてデザイナーズマンション、マンション・戸建てのモデルルーム、大型老健施設のインテリアデザインやインテリア講師やセンスUPセミナーの講師等も努めてきました。 現在は、コミュニケーションの在り方を極める事こそ『失敗しないリフォーム』を実現させる手段である!とより良いコミュニケーションの在り方を追求中です。

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