• 清水かおり

「聡明な女は料理がうまい」再考

聡明な女は・・・

少し前のことになりますが、久しぶりの中学同窓女子会がありました。

年に一度くらい会う友もいれば再会は卒業以来という人もいて、それぞれが近況報告をしたときに、私が料理が大好きだと言ったら、「え〜、意外!家事や料理をしているイメージがない!」と口をそろえて返されました。私と料理がどうしても結びつかないらしいのです。
これにはこちらが驚きました。


気を取り直して考えてみると、同級生に料理を披露するようになったのは高校生になってからのこと。中学時代の友達は、きっと私のことを当時流行ったキャリアウーマン→家事はそっちのけで仕事に生きる女 だとずっと今まで思いこんでいたのでしょう。

それで、ふと思い出したのです、この本のこと。

聡明な女は・・・

桐島洋子さんの 「聡明な女は料理がうまい」 


若き日の私のバイブルのうちの1冊です。
著者も本のタイトルもホントの所は苦手ですが、この本の中には、20代の頃の私の料理への思いがたくさんたくさん代弁されていて、読み込む端からうんうんとうなずいてばかりだったのがついこのあいだのことのようです。

どんな内容の本なのか、少し紹介してみましょう。

桐島さんが屆けてくれたことばとは?

男女平等に働くと言うことは、家事の押しつけに反発して男並みに家事無能力者になることではない。という冒頭の強烈なカウンターパンチに始まって、以下名言の数々です。

  • 女として従来身につけていた能力を振り捨てて、ただ今の男並みになろうとすることがウーマンリブでは情けない。
  • 女の自立は台所の自立から。 美意識を高く持ち、ごてごてと色を使わず余計な道具を持たず、everything under my control の気持ちで、台所に立とう。
  • 有能な職業人ほど有能な主婦である。忙しいから家事に使える時間は少ないが、むしろ手際よく家事を処理してしまう。 とりわけ料理というのは、個性や才能がメリメリと生きる創造的な仕事だから、他の家事はともかく、料理だけは他人に任せたくないと意欲的な女なら思うものである。
  • 一生の間、日々新たに自己表現の機会を与え続けられるというのは、ほんとうにすてきなことだ。その表現力をアプリシエートしてくれる家族や恋人や友人に恵まれるのは、さらにすてきなことだ。
  • 台所仕事はわずらわしいものであってはならないのである。 のべつまくなしにつきまとうシガラミとしての台所仕事に、創造の喜びはない。自由な人間としてみずからの意欲で積極的に料理を楽しんでこそゆたかな収穫も望めると思う。

 この本が記された頃は、ちょうど女性の社会進出が進み始め、ウーマンリブやキャリアウーマンと言う言葉がキラキラと輝いていた時代。そして、キャリアウーマンとは専業主婦とは対極にあって、ともすれば家事や育児を「放棄」していると見なされていた時代。

時には従軍記者をこなし3人の子を持つシングルマザーでもあった桐島さんは、キャリアウーマンの中でもはるかに先を行く存在だったのに、そんな彼女から発せられた「志高く台所に立とう!自己表現として楽しんで料理を作ろう!それをアプリシエートしてくれる家族や友人を持つ事ってすてきだ!」と言うメッセージは、きっと当時の働く女性達を勇気づけたに違いありません。

そして、私もその例外ではありません。

台所は働くママが仕事人からママに変わる場所

 

中学の同級生には意外な姿かもしれませんが、台所に立つ私は、なによりも自分らしい私です。

自立した自分の台所を獲得した大学生の時以来、仕事と同じくらい大切で愛おしい自己表現の場として、コミュニケーション力を育む場として、家族や他の人に愛をお裾分けできる場として、私の料理はいつだって私の人生の中心にありました。

そして、特にこどもができてからは、帰宅してすぐにここに立つことで、仕事人から母親へと変身するために必要な場所、そんな風に感じてきました。

 

フルタイムで仕事をしていると、「食事作りはきっと苦手なんだろう」だとか、逆に「高い食材を使って贅沢な食事をしているんだろう」などと勝手に思い込まれている場合は多々あります。 

たしかに冷蔵庫に何が残っているかをきちんと把握してから献立を組み立てるという時間がないせいで買い物の無駄が多かったり、ええい疲れた!もう今日は外食!になったりすることもありますが、この本が出た当時は、働いていたってきちんと毎日の食事はふつうに作っていますと言う人は案外多かったのではないでしょうか?

こどもたちの保育園時代のママ友にも料理が得意という人は多くいて、家庭料理を持ち寄っての家族ぐるみのごはん会は当時よく日常のこととしてありました。

一生懸命社会のために働いているのに「子育てする義務を放棄して、自分の慾望のためにこどもを他人に預けて働いて、こどものカワイイ盛りを見逃して、ほんと可哀想よね」などと心ない言葉を投げられて悔しい思いをしていた時代。

働く母親としてのプライドをみんななんとか台所で保ち、料理は母親である証、なんて必死に思っていたのかもしれません。

「絶対に食事作りだけは専業主婦には負けたくない!」と、私も勝ち負けを持ち出してそれを心の拠り所にしていたこと、今から思えばばかばかしくてちょっぴり切ない思い出です。

 

それから30年以上が過ぎて、ウーマンリブだとかキャリアウーマンだとかそんな言葉の鎧を身につけなくても、今は女性が働くこともごくふつうの日常になってはいます。

ですが、いまだに「働いている=家事はいいかげん、食事や育児は手抜き・・・」と思われているなら、まずは当事者の私たちから変わっていかなくては、と最近あらためて思うようになりました。

肩を怒らせて必死にやるのではなく、「しなやかにしたたかに」台所仕事を楽しんでしまうほうが、断然今っぽいし、かっこいい。

どうせ働くならかっこよく働きましょうよ、そしてかっこよく料理作りをしましょうよ!

 しなやかに料理を作り、したたかに家事をこなす

「仕事をしているから家事に費やす時間が足りない」のは事実でも、「時間が足りないから料理が作れない」は真実ではありません。

仕事上の様々な場面で働かせている自分の五感やタイムマネジメント術をうまく料理作りにも稼働させる。桐島さんがおっしゃるように、使える時間が少ない分、工夫して料理も手際よく仕上げてしまう。これって、実はとてもクリエイティブで楽しい作業になると思うのですが、みなさんはいかがでしょう。

そのための台所はさながら大切な自分のコックピット。「everything under my control の気持ちで、台所に立とう!」というメッセージもそんな気持ちでいれば胸に落ちてくるでしょう?

料理さえ作れれば、少々家の中が散らかっていてもアイロンがけがたまっていても、けっこう家事がこなせる人に見えるから不思議です。

毎日毎日必ずやってくる夕食の支度、たしかにへとへとに疲れ切ってはいるけれど、仕事を終えて職場を出たら、すぐにオンとオフのスウィッチを切り替えて「さあ、今晩は何作ろう?何食べよう?」と考えることが苦痛でなくなれば、楽しみになってくれれば、毎日の暮らしはきっともっと輝きのあるものになるのではないかと思うのです。

 料理作りを楽しみに変える・・・これが私の進む道

どうすれば、苦痛でなくなるか?どうすれば料理を楽しみに変えられるか?

そのアイデアを台所からあるいは食卓から発信して、料理作りを義務ではなく楽しみに感じてもらえる人を一人でも多く増やすこと、これが私のこれからのミッション、ずっと進んでいく道です。

その道から見える景色を思い浮かべながら、あれもしたい、これも試したみたいと今からワクワクが止まりません。

どうかお楽しみに。

 

 

 

この記事を書いた人

清水 かおり

だしソムリエ1級。 食卓カウンセラー。 ときどき、獣医師。 季節を感じるごはんの作り方や暮らしの工夫をみんなで楽しく分かち合うごはん教室の主宰。ていねいな暮らしはほんのちょっぴりていねいな日常茶飯事から。お料理の好きな方、苦手な方、同世代の方、若い方、ご自身の日々のごはんと暮らしごとを今よりもっとこころ豊かなものにしたいと思ってらっしゃる方ならどなたでも来ていただけます。

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